吉田修一 『悪人』


悪人

悪人


初版を買っておいたのに一年以上放置してしまっていた。第34回大佛次郎賞と第61回毎日出版文化賞をダブルで受賞した、いまだに書店で平積みされているのをよく見かけるこの話題作を、やっと読了した。吉田の最高傑作との呼び声が高く、長崎(彼の出身地)、佐賀、博多の九州地方3都市を又にかけた舞台は、どことなく阿部和重のいわゆる「神町フォークロア」や村上春樹にとっての神戸の街を彷彿させる。朝日の夕刊に長期に渡って連載されていたもので、小説の構造や形式はいかにも新聞紙面上で読むためのように書かれている。文学への執着の薄い購読者までを視野に入れたのか、展開はスピーディ、文章はきわめてシンプルでライトノベルのようにサクサクと読めた。



生保レディの女が出会い系サイトで知り合った男に殺害された……。
吉田修一の小説としては珍しくミステリー色の濃い作品である。事件の経緯と両者の周辺人物までを含んだ田舎者たちの生き様が、冬の九州の情景とともに仔細に、しかし力強く描かれている。人物の心理と行動と事件の推移に焦点が絞られ、文学的な表現はかなり排除されているので、そういう面では最も吉田修一らしくない作品かもしれない。が、「ただ幸せになることを願っていただけ」の者たちが、図らずも絶望的な状況に追い込まれ右往左往せざるをえなくなる様は、圧倒的にドラマチックで読み手に大きな興奮と動揺を与える。


息詰まるスリルとサスペンスで引き込む前半と、不器用な若い男女の純愛に泣かせられる後半と、どちらをとっても作品の価値は高く、400ページを超える大ボリュームの残りが減っていくのが残念になるほどに読み応えがある。それぞれの未来を見据え地道に生きる登場人物全員にはいやでも高い愛着(九州の方言はなぜここまで温かいのだ)が沸いてしまうし、海と山に囲まれた情景(読んでる途中で潮の香りがしてきた)はとびっきり素敵だ。


友人、同僚、親子、恋人、、、、、悲しみ、怒り、憎しみ、喜び、愛、、、、様々な関係にある人間間の様々な感情がもつれ合い絡まり合い物語はラストシーンへと導かれていくが、殺人犯を愛してしまったヒロインの最後のモノローグは心も体も震え上がるほどに圧巻。軽く読めちゃうのに、響いてくるものの濃度がここまで高いとは、本当に恐れ入る。21世紀の日本文学の最重要作品かもね。



吉田修一『悪人』公式サイト:http://publications.asahi.com/akunin/