吉田修一 『春、バーニーズで』


春、バーニーズで

春、バーニーズで


買い込んでいた吉田修一を読む。この人の小説は基本的にハズレがない。デビュー作の『Water』、芥川賞受賞作の『パーク・ライフ』、最高傑作の呼び声高い『パレード』、最新短編集『初恋温泉』、平均点が高くてどれも面白く読める。全体的に文学臭が強いが読みやすいので嫌味はない。技術的にもいま若手でトップレベルにいる作家といって良いだろう。


『春、バーニーズで』は2002年〜2004年にかけてとびとびで文藝春秋に掲載されてたものを単行本にまとめたものである。子持ちバツイチの女と結婚した「筒井」という男の物語だ。東京の郊外での落ち着いた生活、血の繋がっていない息子を育てるのにも慣れ、一見するとなに不自由なく生きている普通の中堅サラリーマンだ。
そんな筒井の日常(夫婦関係、親子関係、会社生活etc)に潜んだ細微な暗部、それに揺れ動く彼の心情が、お得意の細やかで静謐とした文体で丁寧に書き綴られている。ほんのり喜ばしいこと、なんとなく哀しいこと、ちょっぴりキケンなこと、、、、出来事は全てほんとうに些細なことではあるが、些細なだけに心の微妙なぐらつきがクローズアップされるように表現されている。通勤電車の中だったり、ファーストフード店の中だったり、平凡な日常において誰もが無意識下に抱いているはずの感情が、女性が書いたかのようにはかなげで美しい文章で書き起こされると共感を呼ぶと同時に魅了されてしまう。
「筒井」がその日常を逃避し日光へ向かう最終章は、「温度の低いスリル」と「愛に溢れる予想外の結末」にジーンときた。。。リアルとフィクションのあいだの紙一枚を、読み手をくすぐるように綺麗にまとめ上げる力はタダモノじゃない。



羊をめぐる冒険(下) (講談社文庫)

羊をめぐる冒険(下) (講談社文庫)