劇団、本谷有希子 第13回公演 『偏路』 (紀伊國屋ホール)


作・演出:本谷有希子

出演:近藤芳正馬渕英俚可池谷のぶえ、加藤啓(拙者ムニエル)、江口のりこ吉本菜穂子


お父さん、あのね、実は私、都落ちしたいの……!


今やもうすっかり大人気劇団に成長した劇団、本谷有希子の通産13回目の本公演。会場は長い歴史とその伝統で名高い座席数418の紀伊國屋ホールだ。『腑抜けども悲しみの愛を見せろ』の映画化と度重なるメディアへの露出のせいで本谷有希子知名度ももう相当なもので、観客は演劇ファンにとどまらず様々な人種がいたように見えた。10日間続くこの公演、もちろん前売り券は全てソールドアウト。出演する俳優陣も層々たるツワモノばかり、これは期待してよいのでは。。。


女優を目指して上京していた女が所属する劇団の解散を期に故郷へ戻る決意をした。そんな女と、都落ちする彼女を受け入れることになる父親と、イトコ、叔母たちが巻き起こすハチャメチャでヘンテコなコメディタッチのホームドラマである。親の反対を押し切って女優を目指して上京、というところが『腑抜けども〜』に通じるところがあると思ったが、そこだけでなく今回もイマドキの悩める人間のもがく様、いくらもがいてもどこにも辿りつかない様、そんな人たちの滑稽さを、一歩後ろに下がったような独特の冷ややかな客観性をもって描いた作品である。今回のテーマは「善意」ということで、いつものように性格の悪い人間ばかりが登場するわけではない。しかしその「善意」が東京のギスギスした社会に慣れた女にとっては妙に気持ち悪く、彼女は嫌悪感に苛まれ、必死に戦ってゆくのだが。。。


うーん、想像以上にドタバタした芝居だったなー。ストーリーや主人公の心情の推移を読み取るよりも瞬間瞬間のスパークぶりを楽しむべき舞台だったのだろうか。ドタバタの裏にはもっと本谷作品らしい弱い人間のグロさや無力さが隠されていて欲しかったのだが、今作はどうもそれが弱かった。筋に一貫性がなく、話があっちに行ったりこっちに行ったりし過ぎて焦点がボヤケてしまっていたように感じられた。どこが重要なシーンで何を訴えたいのかがハッキリ伝わってこなかった。本谷の言葉を借りるならば、‘グッと来る’場面が見当たらなかった。セットもキレイで広い舞台空間をいつになく上手く使っていたようには思うが、散漫な印象は拭えない。豪華な出演者たちはみんなそれなりの働きはしていたように思うが、常連・吉本菜穂子と期待していた加藤啓の力が発揮されきっていなかったのが非常に残念である。この二人が出た『密室彼女』はすごく面白かったのになぁ。こんなオールスターな面子を揃えたのに、あまりにももったいない。物語の「起」「承」くらいまではそこそこハラハラもできたが、後半1時間はなにかブン投げてしまったかのような感想である。そんなまとまりの無さも個性というのならば、この劇団との付き合い方も今後は考えなければならないかもしれない。前作『ファイナルファンタジック・スーパーノーフラット』と同様、どう贔屓目に見ても諸手を挙げて絶賛できる作品ではなかった。
カーテンコール時のまばらな拍手と終演後ロビーのドンヨリした空気が痛々しかった。劇団初だという公演パンフレットは購入した。