阿佐ヶ谷スパイダース『少女とガソリン』 (ザ・スズナリ)

作・演出:長塚圭史
出演:中村まこと、松村武、池田鉄洋中山祐一朗伊達暁長塚圭史
    富岡晃一郎、大林勝、下宮里穂子、犬山イヌコ


下半期一発目の観劇だ。まるで血で染めたかのように真っ赤に装飾された下北沢のスズナリ、長塚圭史率いる阿佐ヶ谷スパイダースの1ヶ月近くにものぼるロングラン公演である。客席は蟻の入る隙間もなく密集し、肩がくっつき合うほどに寿司詰め状態で、いかにも下北沢の小劇場らしく独特である種異様とも思える雰囲気が形成されていた。セットは薄汚い場末の酒場、実力派揃いの濃すぎる出演陣、この街のこの劇場で演るからこそ訴えかけてくるものの強い印象的な作品であった。
かつては清酒の生産地として栄えた街も今はさびれてうらびれてしまった末に、大規模再開発の波が襲ってきた。「街」・「再開発」という言葉からは否が応でも下北沢が連想される。6人の男が自分の愛する街を守り抜くために鉄のように堅い意志をもって結束し、過激な行動に出た果ての末に巻き起こる熱く、濃く、深い物語である。
目を背けたくなるほどの生々しい鮮血や手に汗握るような白熱した殴り合いから和やかなダンスやアイドルのカラオケまで、印象的なシーンは両極端に触れ幅が広く、ストーリーは硬派一本でも劇団の柔軟性や懐の深さ・演劇という表現形態の自由度の高さなどが惜しみなく提示されていたのにはやはりスゴい集団だなと唸ってしまうものがあった。中村まこと池田鉄洋は持ち前の濃さ・くどさを上手く役づくりに活かしていたし(それとも素なのかな!?)、心情的に複雑なぶんだけ難しい役柄の長塚本人の演技もイイと思った。犬山イヌコが意外に普通な役を演じていて最初は違和感も感じたが彼女の実力に関してはいわずもがな。アイドル・リポリン役の下宮里穂子のストレートなパフォーマンスにも好感を持てた。
ツワモノ揃いの役者と意味ありげな状況設定のわりにはそこから展開されるストーリーや演出はわりとありがちで観ているうちはたいした驚きも笑いも感動も抱けなかった。男たちを囲む状況や人間関係が徐々に複雑化していき、ラストシーンに突入するわけだが、最後に赤い紙吹雪が降ってきて、出演者全員で‘ふたりのエデン’という曲を合唱するのをみたとき、私はパーーっと眼前の世界が一気に開けるような珍しい感覚に襲われた。狭苦しくて薄汚い小劇場のステージこそがエデンであるというこの手の表現でしか味わうことのできない感慨深い思いが胸に浮かび上がってきた。
真っ赤な幕が張られた階段を下りて劇場の外に出たとき、やけに視界が広がったような、下北沢という街を見る目が広がったような、そういう感覚が拭えなかった。。。なんと不思議な演劇の効果なのだろう。

下北沢再開発計画ではスズナリが道路によって潰されるかもしれないという話を聞いたが、再開発大賛成派の私であってもそれはちょっともったいないと思った。。。