川上弘美 『蛇を踏む』


蛇を踏む

蛇を踏む


去年文芸誌で中篇小説を読んで興味を持った川上弘美という作家の本を買ってみた。これは平成8年に第115回芥川賞を受賞した表題小説ほか2話を含む作品である。
数珠を売る商店に勤める女がある日出勤途中に蛇を踏んづけてしまい、それから家に蛇が住み着いたというグロくて奇妙な物語である。蛇は時折人間の姿に変身し、主人公に対して自分はお前の母親だと言う。蛇らしい愛情表現をもって主人公を蛇の世界に誘う。勤め先の商店にも似たような蛇が住み着いているようで、店主の妻の体は明らかに蛇の世界に侵食されている…。
なんとも抽象的で含みのある物語だ。一個体が蛇の姿と人間の姿を往復するというのはフランツ・カフカの『変身』のようだ。文章の肌触りはグロテスクでヌメリがあり、社会から隔絶された小説世界の雰囲気は冷ややかさである意味諦念的である。ファンタジーともホラーともSFとも純文学ともどれにも属さないような、あるいはすべてに含まれるような立ち位置の超然とした様と、ストーリーから香る独特のしたたかさからは強烈な個性が溢れる。
小説に限らず世俗的であまりにチープなモノがこぞってもてはやされ物凄い勢いで掃き捨てられるという現在の事態に思いっきり唾を吐きかけたい者は、こういう無類の世界観から放たれるパワーに身を浸すとスカッとするに違いない。