綿矢りさ『夢を与える』

夢を与える

夢を与える


蹴りたい背中』で最年少(当時19歳)で芥川賞を受賞した綿矢りさが久しぶりに作品を発表した。『インストール』は映画で観ただけなので、彼女の作品を読むのは私は今回が初めてになる。大学も卒業しいよいよ専業作家活動の開始を自ら祝うボリュームたっぷりの衝撃的な名作である。みなさん、まず読んでから評価しましょう。




広告のモデルやCM出演をきっかけに若くして芸能界へ足を踏み入れた主人公・阿部夕子が高校生になる頃に一気にブレイクし、その後の大活躍とまさかの転落の様を描いた物語である。あどけない面持ちでまさに彗星のように文壇に現われた作者自身や最近芸能ニュースを賑わせる加護亜依、今春綿矢の後輩となった福原愛などの存在などがこれとダブる。
この喧しいご時勢に相応しいありがちなストーリーかもしれない。読者は先の展開を容易に予測すること可能であろう。しかし、これだけ注目されて話題を独占してきた新鋭の本質がこの作品にははちきれんばかりに溢れ出ている。文体には圧倒されるほどの瑞々しい力が漲り、事細かで丁寧な描写からは若者らしからぬ熟練した技術と目を見張るほどの輝かしい才能が否応にも読み取られる。偉大なる日本文学の先人たちの残してくれた伝統をベースとし、奇を衒うことなく正々堂々正面から戦い、最初から最後までスリリングで物語へ没頭させてくれるという素晴らしい結果を残してくれた。
とにかく文章の力が凄い。生まれ持った才能(idol)なのだろうか、並みの作家では到底及び得ない強い芯を持ち、大胆さと緻密さとユーモア(作中に登場する夕子のリリースする曲名、出演する舞台の作品名、CMの商品名等のネーミングセンスは抜群なのだ)のバランスも良い。心理描写は素朴なぶん余計にリアルで、情景描写はストレートだがとても効果的に作用している。こんな若くしてここまで書いてしまったとは、この先が末恐ろしいぞ・・・。






そういえば松野大介宮沢りえをモデルに書いたと言われる『アイドル、冴木洋子の生涯』なんていう作品もあった。こっちはあんまり面白くなかった記憶がある。