阿部和重『ミステリアスセッティング』

ミステリアスセッティング

ミステリアスセッティング

吟遊詩人を志す専門学校生・シオリはケータイサイトで知り合ったメル友の外国人からスーツケース型時限核爆弾「ミステリアスセッティング」を渡されてしまった。東京タワー登頂から爆発まであと数時間、魅力に溢れる街・東京を救うため、シオリのとった手段は...。

うーんすばらしい!阿部和重の待望の新作は10代の女の子が主人公の心に深く染み入る、美しい、泣ける長編だ。この作品はケータイ用サイトで電子連載されていたという。『ニッポニアニッポン』を執筆したときに、どうして女の子を主人公にしなかったのかという質問が多かったことから女の子を主人公にした物語を書きたくなったとのことらしい(ただし今作で主人公に愛される鳥は鴇ではなくインコである)。
時代設定は今よりも数年先の未来、物語の語り手が謎の老人を登場させその老人がシオリについての物語を語るという語り手の二重構造アヴァンギャルドな性格で傲慢なシオリの妹の登場、ここまではやっぱり阿部和重と思ったが、中盤以降は静謐な雰囲気で切々と物語が進んでいく。文体も、構成も、雰囲気も、今までの路線とかなりかけ離れている。簡素でライトノベルのように読みやすい。はかなげでか弱く乙女チック匂いが充満しているせいで、暴力性や変態性は必要最小限程度だ。これ、ホントに阿部が書いたのかと疑ってしまうほど今までとは変わっている。
阿部はモバイルサイトで連載を始めるにあたり、今までやってきたことを一旦リセットして新しいことをやってみようと思ったとのことで、ケータイ電話、メル友、学校生活、ワンルームマンション、ファミレスのバイト、東急田園都市線、、、東京で生活を送る10代の生活とは切っても切り離せないアイテムの連発は山形県東根市神町の若者をテーマにしたいわゆる「神町フォークロア」とは対をなす作風だ。華やかなで刺激的な街並みのなかの独り暮らしの孤独感や、小さな画面の向こうにいる見えない相手に対する感情の起伏に私はいたく共感してしまったし、夢や恋に想いを巡らし正面から真摯に世界と向き合うシオリの姿勢には読み手の誰もが応援したくなったであろう。


永田町の地下深くで短い生涯を終えることとなった純真なシオリに呼び寄せられたかように公園に集った人々、、、未来のニッポン人はこんなピュアさをどれだけ持ち合わせていられるだろうか。


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