保坂和志『草の上の朝食』


草の上の朝食 (中公文庫)

草の上の朝食 (中公文庫)


先日読んだ保坂和志のデビュー作『プレーンソング』の続編。内容的に前作と同じような感じでひたすらダラダラ続くので新鮮さは薄れてくるがこれもなかなか興味深い作品だ。西武池袋線の中村橋で共同生活を送る若い男女(その多くは働いていない)の和やかなコミュニケーションを独特の視点(映画のカメラワークに近いかもしれない)と細やかな人間描写で書き綴ったものだ。
ただひとり会社勤めしている「ぼく」の収入をあてにして5人が一緒に暮らすなんて現実ではふつうありえないことだが、この作品はなぜかそれが普通にリアルな日常として、違和感なく読むことができてしまう。それは登場人物の人間臭さや、彼らの交流の温かさの描写の巧さに起因しているように思える。モラトリアムぶりが魅力的なのだ。私たち普通の読者の日常と同じように、大きな事件や急激な展開など全く起こらない。そんなつまらない生活の中でも人のなにげない特徴や個性的な思考性に着目したり、必ずしもガッチリとは噛み合わない会話に意外な面白さを見出したり、徒に過ぎていく時間を楽しむ鍵を提示してくれている、楽しむヒントを与えてくれる、そんな心優しい小説なのだ。


愛くるしい野良猫についての描写にはつい引き込まれるものがあり、読者の猫を見る目をガラリと変えてしまうほど素晴らしい。この点においては村上春樹町田康(両者とも作品の中で猫がよく登場する)を上回っていると言えよう。もっと他の作品も読んでみたい。