腑抜けども、悲しみの愛を見せろ(シネマライズ)

原作:本谷有希子
監督:吉田大八
出演:佐藤江梨子佐津川愛美永作博美永瀬正敏山本浩司土佐信道
    上田耕一、谷川昭一朗、吉本菜穂子、湯澤幸一郎、ノゾエ征爾、米村亮太朗
    大原真理子、高橋睦美、金沢まこと、大川婦久美


本谷有希子の代表作が映画化ということで12時半からの回の初日舞台挨拶を見てきた。上映前に吉田監督・佐藤・永作・永瀬・本谷の5名が登壇し司会者との質疑応答。当たり障りのない形式的なものでつまらなかったが生の姿を拝観できただけでも満足すべきか。地味めな和服に身を包んだ永作の顔がとても小さかったことと本谷がいかにも家から出てきたばっかりのような普段着だったことくらいしか覚えていない。


再演舞台版(といっても以前BSで放送されたもの・「劇団、本谷有希子 第8回公演@青山円形劇場」)、小説、そして今回は映画。私が『腑抜け〜』に触れるのはこれで3パターンめになる。そしてこの3つのなかでも映画という表現形態はきわめて大衆性が高く人の目に触れる機会が最も多いパターンであろう。人気「芸能人」を並ばせたラインナップ、本日ほぼ満席だった客席の眼にはどう映ったのであろうか。

ラストシーンを覗いてストーリー面では本谷の原作を大幅にいじったような点はない(小説版に登場した<猫の飼い主である女>と<清深の無言電話>は省かれていた)。閉塞感の強い田舎街で自称女優・屈折した自意識を持つ澄伽(佐藤)が思うがままに暴れまわる。彼女を取り囲むのはいじけたような捻くれたような漫画化志望の妹・清深(佐津川)、傲慢なようでどこか頼りない兄の宍道(永瀬)、まっすぐ純真でコミカルな兄嫁・待子(永作)である。どの役者も私の想像以上に巧みな演技を見せてくれていて113分間全く飽きることなく楽しませてくれた。登場人物各人がみな繊細で一途過ぎるが故に、家庭内外でトラブルが巻き起こる。目前の困難に対して時にもがき苦しみ、時に諦め、時に体当たりをしてぶち壊してしまう。本谷がよく言う悩める人々の微妙な滑稽さ、それは映画でも痛いくらいに伝わってきたぞ。WEB上での映画ファンの評価では佐藤の演技への批判が多く見られたが、私には非常にうまくやっていたと感じられた。当初ミスキャストでは??と思えた永作も奇怪で珍妙なキャラクターを見事にこなしていたと思う。要所要所でフックとなる清清しい笑いを与えてくれていて、舞台版の吉本菜穂子の怪演に勝るとも劣らないインパクトを発揮していた。
最初から最後まで居間だけの1セットで引っ張った舞台版とは対照的に、場の展開とその作りが極端とも取れるほど鮮やかに表現されていてやっぱり多額の金のかかってる商業映画というのはすごいものだなと思ったりもした。澄伽の部屋のゴージャスな内装や食事のシーンの大げさ加減など細かい点にも神経が行き届いているようでハチャメチャなだけではないこの映画の良さがダイレクトに伝わってきた。


上記のように 原作+α、 映画ならではの見所も含めて本谷ワールドがわかりやすく提示されているので本谷ファンだけでなく普通の映画好きの人が観ても充分に楽しめる。一見見ててムカつく・共感できないようで、どこか憎めない無様な阿婆擦れがスクリーン上でのた打ち回る様は今パターンでもなぜか爽快だ。