阿部和重『ABC戦争』再読


ABC戦争―plus 2 stories (新潮文庫)

ABC戦争―plus 2 stories (新潮文庫)


物語の語り手(それは必ずしも、=作者とは限らない)というのは非常に身勝手でしたたかな存在であり、彼は作品を己の都合のいいように進行し、時にはコトの成り行きや状況を必要以上に顕わにし、時にはそれらを隠蔽する。都合の悪いことに関しては忘れたフリをしたり、単なる想像の範囲内のことや知らないはずのことをあたかも見たことのある事実のように装ったりもする。




デビュー作『アメリカの夜』(群像新人賞受賞作)につづいての第2作。トイレの落書き『Y』から始まった、泥臭い地方都市を走る通学電車内での奇妙な数年前の『事件』についてを、記憶力の弱い不器用な語り手が論理的且つもったいぶったようにジットリと述べるという雰囲気の初期の阿部和重らしい実験性の高いメタフィクション小説だ。
この『ABC戦争』はその『事件』に関して全く何も知らない語り手が当事者や周辺人物の発言から断片的に事実を収集し、自らの力の及ぶ限りで物語を構築させていった末に完成した小説である。収集できた内容はどこまでが本当でどこからがウソなのかネタなのか、全くといって確証はない。そんな状態なのだから出来上がっていく小説のほうもかなり不確かで足元が覚束ないのだが、集めた情報と拙い想像力を駆使して物語を構築させていく様子は興味深いものがあった。『事件』について述べられている内容はもしかしたら単なるわずか一部分に過ぎないかもしれないが、まるで探偵のように情報を収集し創作の過程を明かすように綴られる文章は(読んでいてイライラしたり混乱してきたりすることも多いのだが)作者(≠物語の語り手)が手の内を暴露しているようにも読めて面白い。
難解なオープニングからドキッとするラストシーンまで読み応えはあるし、展開のさせ方や発想のすごさはさすがは阿部和重だ。影の最高傑作かもしれない。難しいけど頑張って読もう!一緒に収録されている『ヴェロニカ・ハートの幻影』も同様の技術を駆使した力作である。